2167.京王電鉄駒場東大前駅



京王電鉄駒場東大前駅は島式1面2線の地上ホームを有する、
京王井の頭線の駅である。
1番線は下り吉祥寺方面、2番線は上り渋谷方面が使用する。
画像は西口で、傾斜地に立地しているため、
吉祥寺方面は一部高架ホームになっており、
西口側はホームから下に降りて改札に至る。
東口は橋上駅舎になっており、東口のほかに、
駅名通り、東京大学駒場キャンパスの前に出る東大口もある。

京王電鉄は1905年12月12日に、
日本電気鉄道の名で発足し、翌年武蔵電気軌道に改称、
1910年4月12日に京王電気軌道と改称した。
1913年4月15日には笹塚から調布までの区間が開業、
1914年11月19日に笹塚から新町(現・廃止)まで延伸、
1915年5月30日に調布から新宿追分(現・廃止)まで延伸、
1916年6月1日に現在の相模原線となる、
調布から多摩川原(現・京王多摩川)まで開業、
同年9月1日に調布から飛田給まで延伸、
1922年に玉南電気鉄道が設立、
1925年3月24日に府中から東八王子(現・京王八王子)の区間が開業させ、
玉南電鉄道は1926年12月1日に京王電気軌道に合併する。

井の頭線の礎となったのは1927年7月28日、
渋谷急行電気鉄道の名で設立された帝都電鉄である。
その後、1928年に東京山手電気鉄道の名で設立され、
東京郊外鉄道に改称された会社と合併し、
東京郊外鉄道渋谷線として渋谷−吉祥時間の工事が開始、
1933年1月19日には東京郊外鉄道は帝都電鉄と改称された。
1934年4月1日には全通したが、
1940年5月1日には同資本系列にあった小田原急行鉄道と合併、
この会社が小田急電鉄となる。

1942年5月1日、戦時中の陸上交通調整法により、
小田急電鉄は京浜電気鉄道とともに東京横浜電鉄と合併、
社名を東京急行電鉄と改称した。
1944年5月31日には京王電気軌道も合併した。

戦後、東京急行電鉄から京王帝都電鉄、
小田急電鉄、京浜急行電鉄が分離されることとなった。
分離に際して東京急行電鉄系列下であった箱根登山鉄道を小田急が渇望し、
その傘下に入れる代償として井の頭線を分離し、
経営基盤が脆弱であった京王に組み入れることとなった。
そのため、井の頭線の旧経営会社である帝都電鉄の名を復活させ、京王帝都電鉄とした。
1998年7月1日、会社設立50周年を機に京王電鉄に社名変更した。

1933年8月1日に渋谷から井の頭公園の区間が、
部分開業したのと同時に東駒場と西駒場の駅が誕生した。
東駒場は1935年8月10日に一高前に改称された。
これに伴い、西駒場は1937年8月10日に駒場に改称された。
ここはもともと東京大学農学部の前身である駒場農学校があったが、
1935年に校地を交換して旧制第一高等学校が移転してきた。
これに合わせて駅名も変更されたのである。
戦後、新制大学移行によって旧制一高に代わり、
東京大学教養学部のキャンパスに設置された。
これに合わせて一高前は1951年12月1日に東大前に駅名を変更した。
駒場と東大前は近接していたため、1965年7月11日に統合され、
駅名は二つを合わせて「駒場東大前」とされた。


画像 dd31393
撮影日時 2025/05/05 10:05:14

京王駒場東大前駅東大口。


画像 dd31390
撮影日時 2025/05/05 9:54:15
:京王駒場東大前駅東口。


画像 dd31391
撮影日時 2025/05/05 9:56:30




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