2151.西武鉄道下山口駅

西武鉄道下山口駅は島式1面2線の地上ホームを有する、
西武狭山線の駅であり、唯一の中間駅である。
1番線は下り西武球場前行き、2番線は上り西所沢行きが使用する。
単線の狭山線の上下線交換駅である。
駅舎とホームとは跨線橋で結ばれている。
狭山線は1929年5月11日に武蔵野鉄道によって、
西所沢から村山公園(現・西武球場前)の区間が開業した。
この時の路線名は山口線で、
現在の新交通システムの山口線とは別のものである。
この時の中間駅は下山口と、
下山口と西武球場前の間に存在した上山口の2駅だった。
1933年3月1日には上山口を山口貯水池に改称、
村山公園を村山貯水池際に変更した。
この時はもちろん西武球場はなく、
村山貯水池を中心とした狭山自然公園の観光客の輸送が中心であった。
現在の西武第二球場あたりに所在していたとされている。
都心から手頃の観光地として人気のあった狭山自然公園の観光客輸送に当たっては、
旧西武鉄道(現・西武西武園線)、
多摩湖鉄道(現・西武多摩湖線)が同時期に開業して競合していた。
軍事上重要な施設である“貯水池”を隠すために、
1941年4月1日に山口貯水池を上山口、
村山貯水池際を村山に改称した。
しかし更に戦争激化により武蔵野鉄道山口線は、
不要不急路線として1944年2月28日に休止された。
1945年9月22日に武蔵野鉄道が旧西武鉄道を吸収合併、
社名を西武鉄道に変更した。
休止線だった山口線も1951年10月7日に再開、
村山を西所沢方に約300m移設して狭山湖に改称、
同時に山口線の路線名も狭山線に変更した。
これは近接するユネスコ村や屋内スキー場の“狭山スキー場”への利用客輸送が目的で、
1963年には狭山湖駅の南方に野球用グランドの“西武園球場”が開設された。
1978年11月30日にさらに西所沢方へ300m移設して現在地に駅が開業する。
これに先立って1954年10月10日に下山口、上山口を廃止したが、
1976年6月4日に下山口のみ再開された。
西武鉄道のグループ会社であった国土計画(後のコクド)が、
クラウンライターライオンズを所有する福岡野球から球団を買収、
球団名を西武ライオンズに改め所沢を新本拠地とすることとなり、
西武園球場をプロ野球公式戦が開催可能な本格的施設へ改装し、
西武ライオンズ球場(現・ベルーナドーム)とした。
それに伴って1979年3月25日に駅名も西武球場前に改称した。
画像 dd31146
撮影日時 2025/03/09 12:40:31
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下山口駅の正面改札口。 画像 dd31147 撮影日時 2025/03/09 12:44:52 |
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